哀しい迷子犬の最期 - 2011.02.24 Thu
今日のお話は、重くて哀しい内容ですが、大丈夫なかたはお付き合いくださいね。
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昨日のお散歩でピースくんと歩いていると、シェルティが道端に伏せていました。
カエル足を後ろに投げ出して
目をあけたまま考え込むような様子で、普通に休んでいるようです。
ピースママと、「この子どうしたのだろうね?おーい、どうしたの??」と
話しかけても反応がありません。
珍しいことに、クーがその犬に盛んに吠えたてています。
目の前に誰かが置いて行った白いご飯が。
次第に私たちも状況が飲み込めてきました。
そっと首筋に触ってみましたが首輪はしていません。
そう。迷子になって力尽きてしまったようでした。
私は、携帯を取り出し、保健所へ電話しました。
(迷子犬に遭遇したときの飼い主照会のために保健所番号をひかえています)
「道端でシェルティが死んでいます。。」
ところが、保健所は死んだ犬は管轄外だそうで、その犬がいる場所によって
国道なら国土交通省、県道ならどこそこ、市道なら市環境課で、そこは
どこか調べてからしかるべきところに電話して、と言われました。
とりあえず、市環境課の電話番号を聞き、ピースママが電話して場所を
説明すると、すぐに来てくれることになり、私たちはその場を離れました。
その後もその犬がかわいそうでなりませんでした。
いったい何日間、彷徨っていたのでしょう。きっと喉が渇いて苦しかったこと
でしょう。
迷子札があれば命のあるうちにお家に帰れた可能性が高いのに。
保健所は死んだ犬は管轄外だと、言っていたけれど、
もし飼い主さんが必死で探していたら、知らないうちに処分されて
しまったなんて哀しすぎます。
可愛がっていた犬なら、最悪、遺体になっても見つけ出したいと思うのではないかな。
でも、死んだ犬を飼い主さんに会わせるまでにはかなりな手間と時間がかかるかも
しれません。そのあいだ、犬をどうするか。。
犬のいた場所によって回収先もちがうわけで、保健所や、警察がそこまで追跡して
飼い主さんと橋渡しをするのは、現実問題として無理なのでしょう。
知らない土地で力尽きてしまったシェルティは最期になにを考えたのでしょう。
きっと飼い主さんや、なつかしいお家のことだったのではないでしょうか。
探している飼い主さんにも、ここにいたことを知らせてあげたい。
きれいな毛並みで、大事にされていたように見えました。
このシェルティの哀しい教えを胸に刻んで、もう一度愛犬の安全について
考えて行かなければと思いました。
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昨日のお散歩でピースくんと歩いていると、シェルティが道端に伏せていました。
カエル足を後ろに投げ出して
目をあけたまま考え込むような様子で、普通に休んでいるようです。
ピースママと、「この子どうしたのだろうね?おーい、どうしたの??」と
話しかけても反応がありません。
珍しいことに、クーがその犬に盛んに吠えたてています。
目の前に誰かが置いて行った白いご飯が。
次第に私たちも状況が飲み込めてきました。
そっと首筋に触ってみましたが首輪はしていません。
そう。迷子になって力尽きてしまったようでした。
私は、携帯を取り出し、保健所へ電話しました。
(迷子犬に遭遇したときの飼い主照会のために保健所番号をひかえています)
「道端でシェルティが死んでいます。。」
ところが、保健所は死んだ犬は管轄外だそうで、その犬がいる場所によって
国道なら国土交通省、県道ならどこそこ、市道なら市環境課で、そこは
どこか調べてからしかるべきところに電話して、と言われました。
とりあえず、市環境課の電話番号を聞き、ピースママが電話して場所を
説明すると、すぐに来てくれることになり、私たちはその場を離れました。
その後もその犬がかわいそうでなりませんでした。
いったい何日間、彷徨っていたのでしょう。きっと喉が渇いて苦しかったこと
でしょう。
迷子札があれば命のあるうちにお家に帰れた可能性が高いのに。
保健所は死んだ犬は管轄外だと、言っていたけれど、
もし飼い主さんが必死で探していたら、知らないうちに処分されて
しまったなんて哀しすぎます。
可愛がっていた犬なら、最悪、遺体になっても見つけ出したいと思うのではないかな。
でも、死んだ犬を飼い主さんに会わせるまでにはかなりな手間と時間がかかるかも
しれません。そのあいだ、犬をどうするか。。
犬のいた場所によって回収先もちがうわけで、保健所や、警察がそこまで追跡して
飼い主さんと橋渡しをするのは、現実問題として無理なのでしょう。
知らない土地で力尽きてしまったシェルティは最期になにを考えたのでしょう。
きっと飼い主さんや、なつかしいお家のことだったのではないでしょうか。
探している飼い主さんにも、ここにいたことを知らせてあげたい。
きれいな毛並みで、大事にされていたように見えました。
このシェルティの哀しい教えを胸に刻んで、もう一度愛犬の安全について
考えて行かなければと思いました。
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